デニス・テン追悼のためのアイスショー、 Друзья Дениса(Denis’ Friends)の模様を少し紹介します。
開催はアルマトイアリーナ。命日の翌日、18時半から。
会場に1時間ぐらい前でしょうか。到着するとすでにロビーは人で溢れかえり、デニステン財団スタッフによるグッズ販売が行われていました。
そういえば、ここに来るまでの間、デニステンの名前を、街なかで何度も、耳にしました。ホテルのフロントでは、「この国で彼の名前を知らない人っているのかな」。カフェでは、「みんな知ってるよ」
そして、インチョンからアルマトイに向かう飛行機で、隣に座るカザフスタン人にも聞けば、「もちろん知ってるさ。彼は有名だからね」。
街には今回のショーのポスターも貼られていました。
カザフスタン人の多くが注目の一夜限り(*一周忌という意味で)のショーの開幕です。
思いは一つ。ただデニステンへの感謝の気持ちを伝えたい。彼の人生の軌跡を追って、改めて彼という一人の生きざまを振り返りたい。次につなぐためにも、彼の遺志を継いで、彼が目指した未来をつくるためにも。そんなひとびとが世界中から集まって、スタートしたショーです。
冒頭は、彼が遺した楽曲、She won’t be mineの曲に合わせて参加スケーターたちが踊りました。いつ聴いても切ないし、いつ聴いても心の奥に響く声。昨年はご本人がこの曲とともに、滑らかに滑ったこのステージ。会場でご両親様はどんな思いだったことか。
ショーは前半と後半に分かれ、前半は一人ひとりスケーターからのデニステンへのビデオメッセージを流した後に、彼を想い滑りました。第一滑走者は、無良崇人さん。そういえば、彼は所属HPでこんなメッセージを発信していました。以下、抜粋。(抜粋・引用元;TEAM ORANGECHEERS)
試合で会うと『ホッとするような闘志』を湧かせてくれる存在がDenisでした。それはジュニアの時代から僕の現役最後のシーズンまで続き、僕たちはもう少し大人になったらスケート界を一緒に盛り上げていく『同志』になるはずでした。どこまでも紳士なDenisを僕は尊敬していたし、いつもいつもシャペロン席から見守るDenisのママに対しても同じ気持ちだった。だから、あの日から今でもまだ信じたくない信じられない気持ちで現実に向き合うことが難しかったけれど、やっとカザフスタンに会いに行きます。Denisはどんなメッセージを僕にくれるだろう。 「僕たちが描いていた未来は決して終わっていなくて、むしろこれからがスタートなんだよ」
と言われたら、僕には重過ぎるバトンを渡されたようで少々戸惑うかもしれない。
以前、佐野稔さんを取材したときに、「スケートには、その人のもつ性格が出るものです」とおっしゃっていたのを覚えているのですが、本当にその通りだな、と思っています。いつも感じています。
無良さんの温かさ、慎重さ、穏やかさ、静かに強く秘めた思いが溢れた、魂の滑りでした。天国の彼に届いたと思います。
真央さんが登場したときは、拍手が一層大きくなり、会場が盛り上がりました。ふわっとした滑りと美しさに引き込まれ、思いが込みあがってきて、涙が出そうでした。
第二部は、生演奏とともに。スケーターたち一人ひとりが、奏者に気持ちを伝え、気遣う姿が印象的でした。
私は、このショーを初めて観ましたが、毎年こんな素晴らしい「魅せる」ショーを開催されていたのであれば、本当にすごいことをデニスたちはやってきたのだな、と改めて彼の足跡に敬意を表します。
私は、ショーで撮影ができるとは全く思っておらず、もちろん取材時は、会社のカメラマンが撮影しますので、私はペン担当ですから、撮影しませんし、会場に持ち込んだことはありませんでした。しかし現地で「撮影OK」と聞き、慌てて手持ちのデジカメで撮影しました。あぁ。こんなんだったら、一眼レフを自宅から持ってくるのだった。しかし、目に焼き付けました。フィルムは体内ストック。紛失の心配なしの、永遠の記録です。思い出、です。
真央さんは、第二部の最終滑走者だったため、ご自身が滑った衣装の上に皆さんとの衣装を着用されたため、ピンク色の衣装が透けて見えるかもしれません。
こうやって、奏者たちへの拍手や、感謝する姿もとても良かった。こういうところが、デニステンのショーらしいんだな、と。
写真のアップは控えますが、ショーの後はスケーターたちがリンク脇に(ファンの声におされてか)出てきてくれて、サインや写真撮影などに応じました。
会場を出て、かなり遅めの夕食を取り、ホテルに戻り、ベッドに入ると、ものすごい強い雷の音が、空に響き渡りました。たぶん、こんな音、聞いたことがない。あまりの轟音に、飛び起きそうになりました。少し経って、空からのメッセージなのかと思いました。そういえば、ショーが始まる2時間ほど前に行った彼が眠る墓地でも、お天気雨が不思議なタイミングで降りました。絶妙なタイミングでした。現地について、バスから降りると、パラパラと降り始め、お墓までつく間に本格的な雨になりました。
「おかしいね、おかしいね、これはテン君からのメッセージかもね。だって今、晴れているのにね」
一緒に行ったツアー参加者とそんな話をして、お墓から離れて止めていた車に戻ろうと歩いている途中に、雨が上がりました。見上げた、晴れやかな空。私たちはこれからも歩いていかなければ。
さようなら、デニステン。
From http://denistenfoundation.org/ru/news/ledovoe-shou-druzya-denisa
ショーチラシ/出典元:デニステン財団